私は幼い頃から古い本がたくさんある環境で育ちました。
その昔、私の先祖がつくった本です。しかし、手にとって読んでみても、文体も内容も難しくてわかりませんでした。
それが近ごろになって、ほこりをかぶったこの本にも、その時代を懸命に生きた人たちの汗が染み込んでいるのだなと、ようやく思いが至るようになったのです。
「もう一度この本に光を当ててみよう」、そんなふうに思ったら、不思議とずっと昔の時代を生きたはずの人たちが、次第に身近に感じられるようになってきました。100年近く昔につくられたこの本が、メッセージを発しているようにさえ思えるのです。
本の内容は、相変わらず私には難しいものばかりです。でも、面白いところを見つけて、紹介してみたいと思いました。それが光を当ててみるということなのかなと思いつつ。
ここには関東大震災や東京大空襲の中をくぐり抜けてきた貴重な本がたくさんあります。ちょっと気になった書籍には「コラム」をつけてあります。時代の変化の中から、何かおもしろい発見があるかもしれません。一緒にお楽しみいただけたら嬉しいです。
河出岩夫
【明治時代】(成美堂として開業)
河出書房は、明治19年(1886年)に河出静一郎が成美堂東京支店を日本橋で開業したことに端を発します。この時代は地租改正や学校令等の制度改革があり、農業を積極的に学ぶ人たちが増えました。そうした背景を受けて、成美堂では農学書をはじめ教科書や学術書を多く出版しました。特に東京帝国大学の農学部とは密接に連携していきました。
【大正時代】(大震災で全焼)
大正時代も成美堂の名前で農学書を中心に出版を続けます。一口に農学書といっても、農芸、畜産、農業、林業、庭園、動植物、栄養など取り扱う分野は多岐にわたりました。渋谷の忠犬ハチ公の飼い主、上野英三郎(東大農学部教授)も成美堂から学術書を出版していました。また、女学校向けに裁縫の教科書や、国語、英語などの教科書もつくりました。
しかし大正12年に襲った関東大震災で、日本橋にあった社屋は全焼してしまいました。
【昭和時代1】(戦前~戦中)
昭和初期の出版界は一冊1円買える文学全集として「円本ブーム」が巻き起こりました。またプロレタリア文学も多く出版されました。一方、学術書を続けてきた成美堂の河出静一郎に代わり、二代目の河出孝雄が昭和八年に「河出書房」の名義で文学全集や文芸書の分野に進出をはじめました。『生活の探求』や『哲学ノート』がベストセラーとなりました。太平洋戦争がはじまり、出版規制が厳しくなっていくなか、雑誌「知性」や「文藝」を創刊するなど、出版活動を続けました。
【昭和時代2】(戦後復興~高度経済成長期)
昭和23年に河出書房を法人化し、国内外を問わず文学、文芸作品を数多く出版しました。『罪と罰』や『ものの見方について』はベストセラーに。川端康成や三島由紀夫らとの親交も深まり、野間宏の『真空地帯』などの文学作品も生れました。しかし、昭和32年に河出書房は経営破たんし、新たに河出書房新社が誕生しました。河出書房はこの時に会社登記を残したまま休眠会社となりました。昭和30年代から40年代にかけては文学全集の黄金時代。三代目を引き継いだ朋久は、河出書房新社を牽引しましたが、昭和43年に二度目の経営破たんを招きます。会社は債権者の手に委ねられ再建しますが、創業家は経営からは退きました。
書籍リスト
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
明治31年10月6日 |
普通和文英訳 |
井上十吉 |
55銭 |
中短編の和文を多く英訳。珍道中「膝栗毛」での一節や、葛飾北斎の紹介など、馴染みやすく構成されている。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1901年9月25日 |
裁縫教科書(下) |
谷田部順 |
50銭 |
女子師範学校、高等女学校に必要な裁縫教科書として書かれた。シャツやズボンなど洋服の裁縫も充実。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1902年6月1日 |
女子唱歌集(一) |
吉田親太 |
45銭 |
女子師範学校、高等女学校向け。「鶯」「夕焼」「雪」「愉快」「愛国」など、楽譜つきで25歌を掲載。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1912年1月10日 |
評論文範 |
内海弘蔵 |
35銭 |
中等学校の作文教科書。著者は明治の国文学者であり、なぜか野球殿堂入りも果たしている。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1912年5月10日 |
書翰文範 |
内海弘蔵 |
35銭 |
中等学校の作文教科書。「言文一致」の時代背景の中で、教育方針について著者も悩んでいたようだ。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1912年3月1日 |
新編栽培各論教科書 |
佐藤寛次、木村良雄 |
27銭 |
高等小学校対象。稲や豆などの育て方だけでなく、煙草や大麻の栽培法まで網羅。当時は違法ではなかった。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
大正元年12月18日 |
作物害虫教科書 |
佐藤寛次、福井武治 |
27銭 |
一見すると昆虫図鑑。しかし農業において害虫知識は不可欠。害の内容や、駆除方法を紹介する。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1916年12月5日 |
竹林繁栄策 |
中山安行 |
60銭 |
竹林を栽培し、事業化するためのノウハウ本。この当時、竹林ビジネスが熱かったのはなぜか。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1919年11月5日 |
庭園鑑賞法 |
田村剛 |
4円 |
庭園の奥深い世界をじっくりと教えてくれる。日本の著名な庭園だけでなく世界各国の庭園も数々解説。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1920年10月30日 |
動物学新教科書 |
辻野周治 |
70銭 |
中等学校用。微生物から哺乳類まで広範囲の生物を網羅。当時の畜産や日本の食文化までがわかる。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1921年10月13日 |
植物学校教科書(女子理科) |
竹島茂郎、近藤耕蔵 |
50銭 |
高等女学校で使われたもの。植物だけでなく、コレラやインフルエンザ菌の紹介まで幅広い。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1922年11月25日 |
物理学教科書 |
近藤耕蔵 |
80銭 |
中等学校用の教科書。物性、熱、力学、音、光、磁気など、その内容は現代と変わらない。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1924年8月1日 |
新教育学講義 |
大瀬甚太郎 |
3円50銭 |
教育者向け。教育の意義や理想、展望まで多岐にわたる教育学全般についての講義。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1925年1月18日 |
蔬菜(そさい) |
佐藤寛次 |
20銭 |
「蔬菜(そさい)」とは、野菜のこと。なす、きゅうり、かぼちゃ、ネギなどの栽培方法。青年夜学舎向けとある。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1932年4月1日 |
国文学撰集 |
福井久蔵 |
1円90銭 |
日本の古典を草書体で読むための本。日本書紀、万葉集、土佐日記、徒然草、奥の細道などから抜粋。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1933年2月11日 |
家禽図鑑 |
三井高遂, 衣川義雄 |
30円 |
家禽(かきん)とは、鶏など食用として飼育される鳥類のこと。しかし本書は飼育法ではなく、観賞用に重点をおいて構成している。大判で秀麗な写真を多用した豪華版で、価格もかなり高額となっている。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1933年8月31日 |
実用自給肥料 |
吉村清尚 |
1円80銭 |
非常における農家の完全自給自足には、肥料の知識が欠かせない。家畜や人糞、草木灰など肥料専門書。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1934年10月10日 |
支那庭園 |
後藤朝太郎 |
1円50銭 |
南京、蘇州、上海など中国庭園の数々を紹介。その美しさへのリスペクトがある。日中戦争勃発3年前の発行。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1934年10月28日 |
ワトソン・子供は如何に育てられるべきか |
細井次郎、斎田晃 |
1円 |
アメリカの心理学者ジョン・ワトソンの著書。幼児の刺激や反応を研究し、子育てに活用。スキンシップは絶対NG。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1937年4月15日 |
読本指導と朗読法(1) |
藤野重次郎(東京朗読研究会) |
1円 |
小学校教師用の本。児童への朗読指導法などが書かれている。「ススメ、ススメ、ヘータイ、ススメ」など。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1937年4月15日 |
読本指導と朗読法(5) |
藤野重次郎(東京朗読研究会) |
1円20銭 |
小学校教師用の本。児童への朗読指導法などが書かれている。実例も高学年向けに。 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
1938年7月17日 |
英語学習叢書『いぎりす名所巡り』 |
牧一 |
80銭 |
「TRAVELS IN THE BRITISH ISLES」は副題。中等学校上級生向け。原文は米国の地理学者フランク・G・カーペンター『Europe』で、和訳文をつけて掲載。イギリス各地を紹介している。 |
写真番号 |
初版発行日 |
書名 |
著者 |
定価 |
230 |
1938年8月20日 |
英語学習叢書『文学趣味』 |
井上思外雄 |
80銭 |
原文であるイギリスの劇作家アーノルド・ベネットの『Literary Taste(文学趣味)』を用いて、英語の学習とともに文学の面白さについても学べるという一石二鳥もの。 |